映画「送り人」によって納棺師のお仕事が広く知られるようになったと記憶しています。(私はまだ観ていませんが。。)
私の父が4月27日に数え年90歳で他界したのですが、父の納棺時に納棺師さんがして下さったことについて書いておこうと思います。
納棺師さんは20代後半から30代くらいの女性でした。静かに流れるような整った所作で父の体を拭き清めて白装束を着せてくれました。
「手と足を拭いてあげてください」と言われて、少し温かい濡れタオルで手を拭くと、ドライアイスで冷たくなった父の手の骨と皮を感じました。
大変に厳しくて、私に(良くも悪くも)最大の影響を与えた父に直に触れる最後の機会だと思って、その感触を記憶に刻みました。
そして、父はある時期から口が開いて閉じなくなっていたのですが、実は顎が外れていたのだと教えてもらいました。
納棺師さんは、「無理かもしれないけれど元に戻してみます」と言って、両手で顎の骨を触りながら懸命に努力してくれました。
どれ位時間が経ったでしょうか、「カクッ」と音がしました。
その後、口や鼻、耳に丁寧に綿を詰めて、薄くお化粧をしてくれました。
そして、「見てあげてください」と言われて近づいて父の顔を見た途端、驚きと嬉しさで言葉が出ませんでした。。
口が閉じて薄化粧をしてもらった父の顔は、本当にきれいでした。
口が開いて面影がなくなっていくのは仕方がないこと、とどこかで悲しさを我慢していたことが、美しく整えられました。
深い喜びと感動で、気持ちが緩んでどっと涙が出ました。
納棺師さんがしてくれたことの大きさに、私は「降参」し自分を明け渡したような感覚でした。
納棺師さんのお仕事は、故人とその人生に敬意を表し、それ以上に、残された家族の気持ちに寄り添うのだな、と思いました。
8ハウスの癒しとは「降参」なのかな、と思います。それ程大きくて深いのです。
「なぜ納棺師というお仕事を選んだのですか?」とたずねると、
お母さんも納棺師で身近な仕事だった、
そして、お母さんが納棺師としてお祖父さんを送るのを子どもの時に見ていたそうです。
きっと彼女の中に、その時のお母さんの姿が刻まれていて、いつもそのイメージと共に仕事をされているのだな、と思います。
母から娘へ受け継がれるICですね。
納棺師さんのお仕事に接して、
表に出る機会は少ないけれど、
細やかに様式化され受け継がれてきた作法の中に、先人が大切にしてきた精神が封じ込められているのだな、
日本の文化は何て美しいのだろう、と思いました。
もちろん、それを行う人によるのだと思います。
先人たちはそうして大切な人との別れを乗り越えてきたのでしょう。
最後に、万感込めて「よいお仕事ですね。」とお伝えしました。。
コメント
都築さん、はじめまして。
いつもブログを拝見させてもらっています。
8ハウスの癒しとは「降参」なのかな、という都築さんの言葉に8ハウスの解釈の幅が広がりまたピッタリな言葉だと思いました。
「降参」・・・私は今まで誰に向かって戦いを挑んでいたつもりだったのか。
1人で誰も助けてくれる人がいないと勝手に意固地になっていた私です。
都築さんのブログを読んで、もう圧倒的な力に「降参」して身軽になってみようかという気持ちになりました。
これからもブログを楽しみにしています。
ありがとうございました。
クリリンさん
こんにちは。
圧倒的な力に降参することは「身軽になる」ことなのですね。ああ確かにその通りだな、と思いました。。
コメントいただきとても嬉しかったです。こちらこそ、ありがとうございました!